独立後は、人が見ているときだけ努力する

人から見ているときだけやってもしかたがないという考え方もありますが、独立後は、人が見ているときだけ努力するというのも1つの手かなと思っています。

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※越後湯沢にて Leica M10(50㎜)

人が見ているときだけやっても……

誰か人が見ているときだけ、努力するのは意味がないといわれています。
常に人が見ているだけでわけではないので、そのときだけ努力して、それ以外の部分で何もしていなければ意味がないからです。

独立前は、上司が見ているとき、見ているところだけ努力するということがあったかもしれませんが、独立後はそういった上司はいないわけです。

独立前なら会社に通い、そこには人がいてそれなりにキリッとしなければいけなくなります。

独立すると、むしろ誰にも見られない時間が膨大に増え、人が見ている時間というのが減るものです。
お客様と常に会っているわけでもありません。
(仕事が殺到しているとそうかもしれませんが、私はそうではないので……)

何かしら対策を考えないとダラダラしてしまいますし、地の底までだらけてしまうでしょう。
私はそうです。

だからこそ、私は「人が見ている」状態を意図してつくるようにしています。

「人が見ている」を意図してつくる

独立しても、人を雇っていれば人が見ているという時間はあります。
多くの場合そうであってもだらけてしまうわけですが。

私の場合、ひとりでやっているので、誰も見ていないわけです。
丸1日ゲームをしたっていいですし、仕事をしないでゴロゴロしていても誰にも文句はいわれません。
ただ、それでは食べていきませんし、何よりも自己嫌悪に陥ります。

私は結構サボりがちであるので、そうならないよう「人が見ている」を意図してつくるようにしているのです。

そのひとつがこのブログ。
ブログを毎日書くことにより、人に見られているという状態をつくります。

もちろん実際に見られているわけではありませんが、自分の考え方や行動を深く書くことによりも、結局はブログに出さない部分を きちっとしておかなければ書けないわけです。
あることないこと、キラキラした作り話を書くわけにはいきませんから。
それこそ自己嫌悪に陥ります。

ブログは、ブログを書いている時間だけではなく、それ以外の時間すべてを反映させるものです。
というよりも、それがにじみでてくるものでもあります。
だからこそ意味がありますし、人に見られているという効果が最大限に発揮できます。

その他、本を書くというのも人に見られているというものであり、セミナーやコンサルティングで話すということも人に見られているという状態です。
書く仕事、話し仕事以外の仕事も、人に見られている状態をつくることができますが、より多くの人そして書く仕事の場合は、形に残ります。

人に見られているときだけやってもダメだという話はありますが、人に見られているときだけでも努力しなくなったらどうしようないので、まずは人に見られている状態をつくりそこで努力してみましょう。

ただし、そのときに欠かせない大前提があります。

 

「人が見ている」と「人が見ていない」の一致

人が見ているときだけ努力して、人が見ていないときにそうしない、つまり、「人が見ているとき」と「人が見ていないとき」が一致していないとことが問題なわけです。

人が見ているときに努力し、人が見ていないときはそれに引っ張られるように努力するなら、それらは一致します。

また、人が見ているときだけ努力して、期待値を上げたとしても、自分が困るだけです。

人が見ている場にひたすら言語化をしていると、人が見ていないときにも自分でハッと気づきます。

「そういえばこういうことを書いたな」と。
自分で気づくので、人が見ていないときも、半ば強制的に努力するわけです。

たとえば効率化の記事を書いたなら、そのブログを書いていない時間以外で効率化してなく、徹夜して目にクマをつくっているわけにはいきません。
だからこそより一層の努力が必要なわけです。

「何かを継続する」という記事を書いたら、ちゃんと継続していないと一致しないということになります。

「仕事を楽しみ、仕事を選びましょう」という記事を書いて、仕事を嫌々受けていたら、一致しません。

そして書くこと自体も、「ブログを毎日書きましょう」とすすめている以上、自分も毎日書くわけです。
雪山にいても入院していても。
過去に書いていたから、過去に成果が出たから……と今の努力を怠っていたら意味がないと思うのです。
今やっていないこと・できていないことは仕事にしませんし、もしそうなったらその仕事はやめます。

『フリーランスのための一生仕事に困らない本』という本を書いたので、一生仕事に困れませんし、『新版 そのまま使える 経理&会計のためのExcel入門』を書いていて手入力で非効率な仕事はできませんし、『ひとり税理士の仕事術―雇われない・雇わない働き方 仕事も人生も楽しむ税理士』を書いたので、人にやとわれてはいけませんし、雇ってはいけないですし、楽しんでない状態ではいけないわけです。

自分に書いたことに縛られるなんてと思われるかもしれませんが、縛られるというより、それくらいの重さを持たないと書けませんし、努力もできません。

私はあらゆることができるわけではなく、あらゆることが得意なわけではありませんが、この一致には人一倍こだわっているつもりです。
そしてその一致させるということにこだわっていることが、人が見ていない状態でもひとりでもそれなりに努力できるということにもなります。

そういうものがなくても、人が見ていない場できちんとできる人はそれでもいいのでしょうが、そうではないなら、何かしら考えなければいけません。
言語化の1つの効果として、
・自分を律することができる
・自分を引っ張っていくことができる
・人が見ていなくても、ひとりでも努力できる
というものがあるということです。

人が見ている場をあえてつくるというのは悪くないものです 。
そもそも人が見ているときだけ努力するというのでは、違いをつくれませんし、食べていくのも難しくなるでしょうから。

独立後に、人が見ている場をあえてつくり、その人が見ているときだけで努力するというのもおすすめです。
そこを死守すれば、それに引っ張られるように努力するようになります。

 



■編集後記

カメラのレンズを買いすぎるので、やらないことリストに「レンズを買わない」を追加しました。
最後にもう1つ注文した後に……。
これも人が見ている場にこっそり書いてみました。

 

「1日1新」

娘とレインボーブリッジへ

 

■娘(2歳)日記

昨日、「どこにいく?」と聞くと、「はちのいないこうえんに、いきたい」と。
以前、友人宅の近くの公園に行ったら、蜂がいてトラウマ?になっています。
公園ではエンドレスで遊ぶので、私が疲れ果てて昼寝。
娘は、昨日、昼寝なしで22時ごろまで起きていて、なかなかタフです。